全て実話だった!【火垂るの墓の都市伝説・裏話】

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火垂るの墓はジブリアニメとして有名になったが、元は小説である。その詳細は後で書くが、セミドキュメンタリーとでも言うべき辛く悲しい真実の話だ。

当然、その都市伝説も辛い話が大半である。このアニメは「はだしのゲン」と並んで戦争アニメの傑作と言われているが、一時は夏の風物詩と思われるくらい終戦記念日に放映されていた。

しかし、最近は全く見ない。ここにも都市伝説があるので後で詳しく書こうと思う。このアニメを見て戦争の悲惨さを知るのは良いことだと思う。

お子さんが見た場合には少々刺激が強いのかもしれないが、どこかで戦争は嫌だという気持ちを実感しなければならない。ともかくこの記事では、火垂るの墓の都市伝説について書きたいと思う。

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節子の「本当の死因」は都市伝説で明かされていた

主人公清太の妹・節子の死はこのストーリーのヤマ場だ。節子の死は通常、「栄養失調」が原因だと考えられてきた。餓死を想像させるシーンは有名な「サクマのドロップ」以外にも実はたくさんある。

しかし都市伝説では「違った死因」が解説されているのだ。それは「化学物質による身体の変化」だ。まず原作の記述から見ていこう。

原作では死因は「急性腸炎」とされている。もう立ち上がれない状態にまで衰弱して栄養失調に陥っていたと記述されている。しかし、気になる記述があるのだ。

これはアニメでも描写されているが、節子の目に異物が入る場面だ。そして衛生兵に目を洗ってもらっている。節子の目にはいわゆる「黒い雨」が入ったのだが、これは原爆の黒い雨と違って、決して放射能の雨ではない。

これは火災の「スス」が上空で雨と混ざっていたのだ。大きな火災の際には上昇気流によって火災積雲という雲ができ、それによって雨が降る。ここで何のススかということが問題になる。

実際の神戸空襲においては、海軍関係の化学薬品を扱っていた軍需工場が燃えていた。この化学物質が燃えて出来たススと混ざった雨が節子の目に入り、その毒物によって身体が中毒反応を起こしたのだ。

そして体中に発疹が出来たうえに下痢をした結果、急性腸炎を引き起こして衰弱死したものと思われる。上記の考察に関してはWeb上に大変詳しい記事があるので、興味のある方は検索して頂きたい。

 

火垂るの墓は「清太の死後」の回想シーン

皆さんは火垂るの墓のオープニングを覚えておいでだろうか?それはこんな一節だ。

昭和20年9月21日夜、僕は死んだ

つまり、死んだ清太が過去を回想して語る形式でストーリーが進んでいくということだ。

さらに高畑監督は「清太と節子の幽霊を登場させているが、この幽霊たちはこの体験を繰り返している」と語っている。表現として画面が赤くなるところは幽霊である二人の回想シーンだということだ。

つまり小説はともかく、火垂るの墓のアニメは「清太と節子の霊が、自分たちの経験した悲惨な死繰り返し体験するストーリー」だということになる。

そこから永遠に抜け出せないとなると、まさに悪夢のような話になっていると言えるのだ。

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火垂るの墓には実写版があった!

アニメで有名な火垂るの墓だが、なんと実写版が存在する。まず最初は2005年のテレビドラマ版だ。

これは戦後60年のスペシャルドラマとして日本テレビが制作したものだ。ストーリーとしては脚色されていて、清太の母の従姉妹の孫がドロップ缶を見つけるところから始まる。二人以外の周囲の人々も登場する内容であった。

次の実写化は2008年で、これは映画として公開された。こちらは原作に忠実で、より戦争の悲惨さを強調する内容となっている。またスタッフやキャストの作品に対する思い入れが強く、見ごたえのある内容となっている。

さらに作品やキャストが多くの賞を受賞している点においても良い作品だということが伺える。どちらもWeb上に公式サイトや公式ブログが残っているので、現在も詳細を確認できる。

 

火垂るの墓は「二度と放送されない」という都市伝説

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もはや定番の都市伝説だが、商標権の争いで許可が下りないという話もある。「サクマ式ドロップス」の商標権に関しては確かに裁判沙汰になってはいる。

しかしこの説は単なる都市伝説で、実際に中身のある話ではない。仮に作中の登場ではなくタイトルになったとしても、商標権は法律的には何の関係もないからだ。

商標権というのは似た製品の販売を差し止められる権利であり、商品ではないアニメやドラマ、映画の場合は問題も起きない。つまり再放送されない理由は他にあるということだ。

実際には視聴率の低下がその背景にある。火垂るの墓は1989年以来、2年に一度8月14日前後に放送されているが、最低視聴率は2007年の7.7%になる。

その結果2009年には放送されたものの、2011年は飛ばされて4年のブランクが出来てしまった。しかし2013年・2015年には放送されているので、実はきちんと再放送されているのである。

つまり「火垂るの墓は再放送されない」という記事自体、ただの都市伝説に過ぎないというワケだ。

 

火垂るの墓は作家の「実体験」によって作られていた

火垂るの墓のアニメは作家・野坂昭如氏の小説が原作になっているのは有名だ。しかし、これは衝撃的にも「野坂氏の実体験がモデルになっていたのだ。

火垂るの墓を「セミドキュメンタリー」と書いたのはそういうことだ。実話と小説の一番大きな違いは、実際の節子は1歳6か月の幼児で会話もできなかったという事。

これではドラマ自体、作りづらいため小説では5歳設定になっている。また節子にあまり食べ物を与えられなかったことを野坂氏は悔いている。

彼いわく「ドロップの話」は本当とのこと。また火葬した後、ドロップの缶に遺骨を入れたのも事実である。

アニメであれば話として観ることもできるが、実際にあのような出来事が日本で起こって、それも当時は珍しいことではなかったというのは大変悲しい。

当時の大阪駅には餓死した少年少女の遺体が普通に打ち捨てられていたという。ともかく、我々は戦争の惨禍を二度と経験しないように努力していくしかない。

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